2014年6月7日土曜日


輪島を中心としたこちらの地方では、室町時代から能登素麺(のとそうめん)が生産され、海路で福井県敦賀へ陸揚げし、琵琶湖上から大津を経て京都へ送られていました。
原料である小麦を臼に入れ、娘たちが縦杵(きね)でひいて粉にする際に歌われたのが「能登麦屋節」と言われています。 
 1968(昭和43)年に石川県無形民俗文化財に指定された「能登麦屋節」の普及・発展を願い、輪島市では毎年「能登麦屋節全国大会」が開かれており、今年も61日に、第26回大会が輪島市文化会館で開催されました。


北陸を中心に集まった100名を超える参加者により、自慢の唄声が披露されました。客席で何度もその唄を聴いていると、旋律の物悲しさに心を揺り動かされます。
 輪島市門前町暮坂の貧しい生家から13歳で麦屋と呼ばれる素麺屋に奉公に出されたおさよが、重労働の中覚えたのが「麦屋節」でした。永い年季奉公が明け実家へ戻れたのも束の間、今度は金沢へ遊女として身売りされ、紆余曲折の後、短い人生を閉じたおさよの人生と重なるからかもしれません。生誕の地には「おさよ塚」があり、彼女の遺徳がしのばれています。




 哀愁を帯びた調べが、多くの人々に受け継がれ、親しまれていることに、輪島で生まれ育った者として喜びを感じます。それと同時にこれからも、この唄が多くの人たちに愛されていって欲しいと思いました。(T.S.)

会場では、この地で生まれた素麺の歴史や製造法も紹介されており、
大勢の人が見入っていました。

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