2014年8月8日金曜日

 当館から国道249号線を東に約20分走った所にある輪島市名舟町(なぶねまち)。海のすぐそばまで山が迫っている小さな港町です。普段は静かなこの漁村が、毎年731日と81日に行われる「名舟大祭」の時は大勢の人で賑わいます。今年も731()に宵祭りが行われました。

 午後9時過ぎ、町内を巡行した四基のキリコ(神輿(みこし)の足元を照らす巨大な御神灯(ごしんとう))が名舟港に集結します。そして、そこから高台にある奥津比咩神社(白山神社)へ通じる勾配のきつい坂道を、担ぎ手の威勢のよい掛け声と共に上り下りする光景は圧巻の一言です。歯を食いしばりながら頑張る担ぎ手の様子や、歩く度にギシギシと音をたてるキリコは迫力満点です。
 そのあと、地元の子どもたちによる「御陣乗太鼓(ごじんじょだいこ)」が披露されました。小学2年生から6年生までの子どもたちが、「ヤー!」と声を上げる度に「可愛い」と言う声が聞かれました。

 午後10時を回った頃には、キリコが再び名舟港に集い、神輿を御座船(ござぶね)と呼ばれる船に乗せ、海上にある鳥居へ向かって進んで行きます。そこで神主が祝詞(のりと)を上げ御神霊をお迎えします。揺れる船に神輿を乗せるのはかなり難しく、見物客は息をのみハラハラしながら見守ります。神輿が船に乗る祭りは、とても珍しいのではないでしょうか。

 午後1030分過ぎ、いよいよクライマックスの「御陣乗太鼓」〔1961(昭和36)年:輪島市指定文化財、1963(昭和38)年:石川県無形文化財〕奉納打ちが始まりました。
 この太鼓は、1576(天正4)年、越後の武将 上杉謙信に攻め込まれた農民や漁民が、木の皮や海藻を面や髪とし、勇ましく太鼓を打ち鳴らし、敵を退散させたのが始まりと言われています。

 いつもより1名多い7名の打ち手が、序(ゆっくり)・破(やや早く)・急(最も早く打ち切る)の三段階のテンポを繰り返し、力の限りバチをふるう姿からは鬼気迫るものを感じ、聞く者の魂を揺さぶります。
 普段は都会に出ている名舟の若者たちは、この2日間は必ず帰省し、祭りに参加して旧交を温めあうと言います。また数日前から沿道の草刈りや、のぼり旗の設営などの準備に追われる地元の方々の御苦労は大変なものでしょう。しかし、年に一度のこの大祭にかける名舟の人々の思いは、何ものにも代え難いものだと思います。そして「御陣乗太鼓」を子どもたちに伝え、後継者育成に取り組んでいる姿にも感銘を受けました。この祭がいつまでも大切にされ、多くの人々の心に名舟人の心意気が伝わっていって欲しいと心から願いました。(T.S.)

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